第1話 牛乳の思い出

あれは、ぼくが小学3年生の頃だったかな。
ある日、席替えがあって、前から気になってた女の子が隣の席になったんだ。色白で、目がくりっとしていて、どこか大人っぽい雰囲気のある子で、結構人気者。勉強も結構出来た。でも、唯一と言って苦手なものがあった。それは、給食の時に出る「牛乳」。あの頃はよほどの理由が無い限り無理やり飲まされた。
その子も時には泣く泣く飲まされていたんだ。そんなのでは、ますます嫌いになっちゃうよね。
そこで僕は考えた。そうだ!僕が彼女の分も飲んであげればいいんだ。と単純な発想だったんだ。
そんな提案をしたら、彼女も「本当にいいの?」とすぐに返事をしてくれたんだ。

給食の時間になると、まず始めに牛乳びん1本を一気に飲み干す。飲み干したところに彼女の分の牛乳ビンと交換する。先生にはわからないようにね。
そうして毎日のように牛乳を2本飲むのが日課となっていったんだ。そのおかげで背も伸びたかなぁ・・と今考えると思うよ。
その年の夏休み、家族で東北に旅行に出掛けた。その旅行で、とある牧場に行ったんだ。
その牧場のおじさんに牛乳を飲ませて貰ったんだ。
おじさんも自画自賛するほど、濃厚でコクのある牛乳だったんだ。それを飲んだ瞬間、絞りたてのこのおいしい牛乳、「あの子に飲ませてあげたい!」と思ったんだ。
それで、暑中見舞い代わりに、あの子の家にも宅配便で直送してもらった。僕のなけなしのお小遣いを使ってね。
それに、手紙を一文添えた。
「この牛乳おいしいよ!絶対好きになるから飲んでね」ある種、僕の想いものせながら・・・
 

次に彼女と会ったのは夏休み明けだっった。
そして給食の時間になった。すると彼女は、なんと牛乳を飲んでいる!ごくごくと笑顔で飲んでいる。僕はあ然としながら彼女の方を見ていると、彼女は言った。
「私、牛乳飲めるようになったの!!もらった牛乳、試しに飲んでみたら、おいしくて、普通のもだんだん飲めるようになったの。きっとキミのおかげよ。」
「そっか!よかったね!」
その後給食の時、牛乳を2本飲むことはもう無かった。なんだか寂しい気もした。
でも、あの子はちょっと病気がちな子だったんだけど、その後はほとんどい休まなくなった。そして、僕とあの子はすっかり仲良しになっていた。

だけど、そんな日々もすぐ終わってしまうんだ。
やがて学年が1つあがり4年生になった。残念ながら、彼女とは別のクラスになってしまった。
そんな時、急に彼女が転校することになってしまった。転校するのを知ったのは、もう引っ越した後だった。数か月が経った頃、家に一通の手紙が届いた。あの子からだった。
直接別れを言うのが辛くて内緒にしていたんだそうだ。そして、文末にはこう結ばれていた。
「ステキな思い出をありがとう!牛乳を見るたびにキミのこと、思い出すからね!」
さらに、手紙と一緒に写真が1枚と、あるものが同封されていた。牛乳ビンのふただった。ふたの裏には、彼女の顔写真が貼ってあった。
同封の写真をよく見ると、なんだか見覚えがある風景。そう、あの牧場に彼女も行ったんだね。
 

・・・あれから数十年。
世間では、すっかり牛乳ビン自体見掛けなくなったけどこの前、家族旅行で久しぶりにあの牧場に行くことになった。妻の実家がその近くなのだ。
あの時に買った牛乳、パッケージは若干変わっていたが置いてあったので思わず手に取った。
うん昔飲んだ味とおんなじだ!ちっとも変わってない。
「あの子、今頃どうしているのかなぁ・・・。」
今は、あの子の居所も、あの手紙も、あの牛乳ビンのふたも、どこに行ってしまったのかわからない。 そんなことを思っていると、今年小学生になった娘が、その牛乳を飲んで「おいしいね!」と微笑んでいた。